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十牛図提唱8

鉄舟再復刊67号掲載(垣堺玄了)

忘牛存人 序七

法に二法なく、牛を且(しばら)く宗となす

蹄(てい)兎(と)の異名を諭し、筌(せん)魚(ぎよ)の差別を顕わす

金の鉱を出ずるが如く月の雲を離るるに似たり

一道の寒光、威音劫外


意訳

 法に東西があるわけもなく

 ましてやこの身と分かれるわけもなし

 しばらく錫杖に頼ったまで

 気づけば己が燈明、始まりもなく終わりもなく三世を貫く


忘牛存人序七

 「忘牛存人」とあります。「牛を忘れ、人のみ在り」ということですが、これは「教えの手助けを借りずに、自分の足で歩むことができる。そういう人として自分が今ここに存在しますということです。

 

 毎月一度、「坐禅と法話会」を行っておりますが、ここにはいろいろな方が来られます。若い方、年配の方、男の人、女の人、毎回様子が異なります。続けて来られる方もいますし、単発の方もおられます。さらに坐禅が全く初めてという方も、ベテランの方もおります。来られる動機もまちまちです。

 

 法話を行った後に質問をお受けしますが、これも様々で毎回苦心してお答えしております。残念ながら一つとして得心したことはございません。特に、その質問の中で一番困窮しますのは、禅の本質をつく質問の時です。例えば、「大森老師の参禅入門を読みますと、無念、無相とありますが、それと「無」とはどう違うのでしょうか」。という質問です。

 私の言葉で回答をするようにしておりますが、「どうですか,、わかりますか」と聞きますと、消化不良のような顔で「もう少しやってみます」と答えられる方がおられます。あるいはハッキリと「よくわかりません」とお答えになる方もおられます。

 このような反応をされる方はまじめに参究している方です。大体、禅の本もよく勉強されている方です。そこに書かれているものを納得するために来られるのだと思います。それを思いますと、無礙に「本でわかるくらいなら道場は必要ない」などと申すのは憚るのです。

 

 しかし、最近は「禅を外から見るのではなく、中に飛び込んで実参実究してください」と申すようにしております。

 実参実究というのは道場に通って、坐禅はもちろん、公案に取り組むことを意味します。

 

 禅の本に書かれている真実、真理を理解しようと努めるわけですが、そこに書かれていることは著者の体験に基づくものです。ですから読者も同じ体験を持たなければ共感、理解、納得できるはずがないのです。頭で分かる、というのと共感、納得するというのは次元が違います。ましてや、先ほどの質問の無念とか無相、さらに無というのは観念的なことですから、頭で考えて言葉に出せば百人いれば百の表現があります。同じ表現をしても、実際は随分違うのではないでしょうか。ということは言葉の後ろに夫々の具体的な経験が隠れているということだと思います。つまり、具体的な経験に裏打ちされた言葉ということです。ですから、実参実究して追体験をしなければその言葉を理解あるいは共感、納得することはできないのです。逆にいえば、実参実究すれば分かるということになります。ここでいう実参実究というのは坐禅、公案に限りません。日常すべてのことに関してです。

 

 禅の本に書いてあることが理解、納得できないことを十牛図の言葉を借りれば「法に二法あり」となります。つまり、禅の本に書いてある法と自分で理解した法のイメージの二つが存在するということです。

 先ほども申しましたように、本に書いてあることに共感でき、自分もそうだと思う、自分の体験からこれはその通りだ、と言えることができれば書かれていることと、自分とは一つになっているわけで、二つの法はないわけです。ここを十牛図では「法に二法なし」と表現しているのです。それは、法に洋の東西なく、無限の過去から無限の未来までを貫くものと得心し、当然自分をも貫いていると得心することす。ここに法を得心した「人」が存在することになります。臨済禅師のおっしゃる「真人」を実感する「人」です。この実感体験があれば、自分の足で立つことができます。牛に乗らなくても道を歩むことができるのです。ですから「忘牛存人」とここで言うのです。

 

 「禅は実参実究」である、と言われます。禅の本には必ず書かれているのですが、そこに飛び込むことなく、相変わらず本の内容を理解しようとする方が多いのは残念です。

 実際に飛び込むことなく、周囲を回っているのは、自分の問題意識がそれほど高くないことを意味します。本当に切羽詰まってしまえば、藁をもすがる思いでやらざるを得ないからです。

 

 牛に乗らないと道が歩めないのでは牛まかせ。自分の足で自分の意志で堂々と歩もうと思えば、足腰を鍛えることがどうしても必要です。それが実参実究です。

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