今回から十牛図を拝読いたしますが、始めに全体についてお話しいたします。
十牛図は修行の階梯を示したもので、 尋 牛 から始まり 入 鄽 垂 手 で終わるのですが、これは修行階梯の一つの規範であって実際は必ずしもこのような順番でいくとは限らないことに留意してください。第一からいきなり第九に飛び、その後第八、第七へと戻る人もいるでしょう。また、第一から始まって、第二、第三と進む人もいるでしょう。中には第三で時間を費やす人もいると思います。 人 々 生 縁 が違うためにこのようなことが起こります。
また、この階梯は一方向のように見えますが、実際は行ったり来たりの繰り返しを多く含みます。しかし、その繰り返しの中に必ずスパイラルアップがあります。くれぐれも、この階梯に即して、自分はどの階梯にいるのだろうと詮索しないことです。与えられた公案に即して 参 禅 三 昧 となることが、結局、十牛図の階梯を踏んでいることなのです。
今、拝読いたしますのは 廓 庵 禅師の十牛図ですが、この時代よりも前に、 普 明 禅師の十牛図、白牛図、六牛図、八牛図というのもあって、これらを総称して牧牛図というのですが「方便」として先人は工夫されたのです。
それでは、全体を通して説明いたします。
尋牛 で修行の端緒につき、無字の公案を授けられ、 拈提 、入室 する。これが 見 跡 で修行の軌道に乗せられたところです。どのくらい経ったか、苦心の末、無字が見えてくる、 見 牛 で す。さらに 得 牛 、 牧 牛 と 無字を自分のものとしていき、こなれてくると、 騎 牛 帰 家 で修行の場を離れる。自分の得たことさえも忘れるとこまでこなれてくる、 忘 牛 存 人 です。そして自分も何もなく、本来無一物の空に至る。これが 人 牛 俱 忘 です。しかし、世の中には色々なものがあるわけですから、それらと自分の修行が矛盾しないところまで突き詰めていく。 返 本 還 元 のところです。そして、いよいよ、世の中に出て行くということになる、これが最後の 入 鄽 垂 手 です。
おおざっぱにいうと、これが十牛図の流れですが、いくつか重要なことがあります。
第一に、 尋 牛 で 道を求めて鉄舟会まで来たとします。そして、 無 字 の 公 案 を 授 けられ格闘します。ここが 見 跡 だとしますと次の 見 牛 、 得 牛 、 牧 牛 は 無字を獲得するまでの段階ということになります。ここで、見牛では何を見るのかということが大変重要です。結論から申し上げますと、見牛では、第八・ 人 牛 俱 忘 の円相を見るのです。そして、同時に第九・ 返 本 還 元 を見るのです。つまり、尋牛、見跡していきなり第八、第九を見る修行をさせるのが無字の公案です。当然、五里霧中、とりつく島もありません。ですからこの段階は通常時間がかかります。先ほど申しましたように 人 々 生縁が違いますので、いきなり第九の返本還元が分かってしまう人もいるでしょうが、その人も第八、第七へ還っていくのに時間がかかるということも珍しくはありません。しかし、この見方が甘いと仮に修行を進めても、どこかに自信の無さがつきまといます。ですから、何年かかるかはわかりませんが、 倦 まず飽きず、本当のところを見なければだめです。
第二に、それで は 尋 牛 と 人 牛 俱 忘 、 返 本 還 元 だけでいいのではないかという疑問が湧くと思います。つまり、一図と八図、九図だけでいいのではないかということです。
残念ながら、そうはならないのです。分かった、それも心底分かったということですが、その「分かった」ということと、「そうなる」ということは違うのです。スポーツでもそうですが、これでやれると納得はできた、しかし、実際にスムーズに行うためには何度も何度も身体に染みこませなければなりません。禅修行も同じです。分かってもそれを阻む 業 がこの身体にはありますから、自分で自分に縄をかけて飼いならすことが必要なのです。そのため、四図から七図があるのです。十牛図は法理を獲得する過程と、それを具現化する過程を一つの図の中にまとめていますので、修行の階梯が戻ったような感じを受けるのです。三図で見た牛のお尻と八図は根本的に同じものでなければなりません。しかし、自分のものとしたところを八図としたため、三図を牛のお尻と表現したのです。
第三に、修行からの退転の問題があります。退転というのは、後戻りすること、一番甚だしいのは修行を止めてしまうことですが、この修行でいいのかなという疑問を持つのも退転です。退転とは言葉を替えれば、禅修行への不信です。三図でハッキリと円相が見えるまでが大きな関門です。少し心境が上がったかと思うとまた元通り、この繰り返しを行うので修行に対する不信が募るのです。また、三図の段階を曖昧なまま修行を進めても、常に疑問が残ったままとなりこの不信が払拭できません。
この不信を克服するには、自分はこうなりたいと思うことに加えて、己の過去、現在を反省して、このままでいいのかと切実な想いを持つことです。それが動機、原動力となります。そして、この禅門は先達が身を賭すに値することを受け入れることです。
第四に、十図はそれまでとは全く違う次元だということです。ここまでは指導を受ける立場です。しかし、十からはもう指導して下さる師はいないのです。自分で切り開いていくのです。その意味で十は全く違うのです。新たな七転八倒が始まるのです。その意味で本当の佛道の修行はここから始まるのです。それまでは準備運動ですし、基礎体力作りです。
公案で、何則までやったとかいうことが気になる方がいるようですが、十図からみれば、何則やったとかの数の問題ではありません。室内が終わるのは当たり前なのです。やっとスタート地点に立てたのですから。
十図では 布 袋 さんの右に誰かが道を尋ねています。これは、一図の自分ではないでしょうか。布袋さんとしてのスタート地点は同時に新たな修行者のスタート地点でもあるわけです。こうやって、十牛図がまた繰り返されるのです。
これで一通り十牛図の全体を説明いたしました。そして、どこに関門があるかも説明いたしました。繰り返しになりますが、大事なことは、この階梯にかまわず、指導者について一則一則、無我夢中になって修行を進めることです。禅修行はこれに尽きると思います。
次回から十牛図の一つ一つを説明してまいります。
「禅宗四部録 十牛図提唱」(2019年5月4日 提唱を抄録)
尋牛序一
従来不失何用追尋 由背覚以 成踈在向塵
而遂失家山 暫遠岐路 俄差得失熾然是非蜂起
従来失せず 何ぞ 追 尋 を用いん。
背覚に 由 るを以って踈と成る
向塵に在って遂に失す
家山 暫く遠くして岐路 俄 に 差 う
得失 熾 然 として 是 非 蜂 起 す。
意訳
牛はどこへも行っておらん ほら傍にいるぞ
そう言っても 捜してる
見ているのに 気づかない
ここ あそこと 尋ねても みな見当違い
好きだ嫌いだの火が燃えさかる
尋牛序一
前回は十牛図全体を俯瞰しました。今回から一つ一つについてお話していこうと思います。
牛とは自分の悩み苦しみを解放してくれる道のことです。大道は目の前に開けているのですが、それがわからないので、なんとかしたいという気持ちで道を尋ねます。
「従来失せず何ぞ 追 尋 を用いん」
もともと自分が仏様だということをまず認識して自覚するところから禅の修行は始まります。道は自らにあるわけです。自分が仏様というと、変な気がしますね。そこで自分の本性を見ろと禅では誘導していきます。この本性を仏様、道、牛などとと言うのです。だから、従来失せずと切り出しました。
しかし、そこにいるといったって目に見えるものではありませんから分からないのが当然です。
それを分かってこう切り出した背景には、よくぞ、修行し始めてくれた、早くこの事に気づいてくれよという思いが込められていると思います。
「背覚に 由 るを以って踈と成る」
求める牛は自分の中にある。もともと悟っているということです。これを 本 覚 ともいいます。もともと悟っているのに、なんで牛を求めなければいけないのでしょうか。
その理由も自分の中にあるのです。つまり「仏様」とそれを「くらますもの」の二つが同時に存在しているのです。そのどちらに支配されるか。ここが問題となるわけです。
背覚というのは仏様の心をくらます心に支配されることを意味します。しかし、問題は仏様の心をくらましたと気づかずにいることなのです。それは自分の中の仏様を知らないからです。
この知らないこと、知ろうとしないことを背覚といっています。
しかし、前にも言いましたように、知らないのですからこれも当たり前なのです。
そして背覚と背覚の人どうし、つまりくらまされた心とくらまされた心の人がぶつかれば、そこに衝突は避けられないわけですから、どうしても苦しむことになります。
「向塵に在って遂に失す」
くらまされた心でくらまされた心を制御しようとしても無理なことです。ますます泥沼にはまってしまいます。
このくらます心をここでは塵といっています。塵というのは仏教用語で六塵のことですが例えば物を見る時にガラス越に見たとしましょう。このとき透明なガラスのような心で見ればよいのですが、塵に覆われたガラスで見ると、その物を正しく見ることができないということです。この塵は自分の判断です。これが仏様をくらます心につながっていくのです。
「家山 暫く遠くして岐路 俄 に 差 う」
しかし、いくら、くらます心が勝っているとは言っても、ふとそこに寂しさと虚しさの風が吹く。こうして自分の安心できる家はどこだと探がすのですが、まだくらます心が勝っていますから、その家は山のかなた空遠くにあると勘違いしております。この道だろうか、あちらだろうかと迷うばかりです。しかし、誰もが通る道です。
「得失 熾 然 として 是 非 蜂 起 す」
第十図を見てください。左側の恰幅の良い人が布袋様。中国で布袋様は観音様のことです。右にボロボロの着物を着て、なんとなく貧相な若者がいます。この貧相なところを「得失 熾 然 として 是 非 蜂 起 す」と言っているのだと思います。
損か得か、そういうものが、燃え盛って、自分のことばかり考えて、良いとか悪いとか、そういう思いが込み上がってくる。しかし、これじゃだめだなと痛感しているから布袋様に相談しているわけですね。
それに対して第一図ではきれいな着物を着ていますし、顔もほがらかでしょう。 布袋様にアドバイスされ、これからやるぞというはつらつとした感じがよく出ています。
十牛図は円環していると思います。一から始まって十に至り、また一に戻る。人は異なりますが修行と云う観点からすると円環している。無限に。
今説明しましたのが序、そして頌と続くわけですが、この序のところで主旨は言い尽くされております。その意味で本則だと思います。次の頌や和でその本則を角度を変えて説明したり、補ったりしています。
頌に曰く
「 茫 茫 として草を撥い去って追尋す」
さきほど、溌剌として修行に向かうと言いましたが、提唱や法話を聞いているうちはまだしも、 入 室 参禅するとなるとこれは大変です。公案に取り組んでも先が全く見えないのが通常ですから、ここにあるように草茫茫の中にいるようです。草掻き分け掻き分けといっても、どこをどう掻き分ければいいのかも分からない。それが本当のところです。
「水 闊 く山 遥 かにして 路 更 に深し」
行く手には大きな湖があり登らんとする山ははるか彼方。道さらに遠しです。
与えられた課題の大きさに圧倒されているところでしょう。
「力尽き神疲れて 覓 る に 処 無し」
今でいうストレスで心身ともにへとへと、ちょっとでも糸口がつかめればやる気を奮い起こすんでしょうが、それさえもなく、室内では否定され続ける。そして、もう俺はダメだと。これも誰もが通る道です。
「但だ聞く楓樹に 晩 蝉 の吟ずることを」
楓、晩蝉、秋の暮に物悲しく鳴くセミの声ばかりが聞こえる。蝉の声を妄想と取れば坐禅して参禅もしてはみたものの、なかなか無字三昧にもなれない。雑念もちっとも消えない。それがもう蝉の声のようにうるさく聞こえるだけというところでしょう。
一見、修行の成らないことへの感傷的な表現ととれますが、尋牛で本当に言いたいことは、自分の問題意識の希薄さに気づきなさいということではないでしょうか。自分に問題意識はあるのですが、それが解決されないと自分が崩壊するというところまで行っていない。だから問題そのものも漠然としているのではないでしょうか。問題が漠然としているので解決の方向も漠然としているのです。そのことに気づいて問題をハッキリさせる。問題がハッキリすれば、解決の方向も決まるのです。ですから、この頌の裏にはなにくそという気持ちがあることを忘れないでください。
次に和があります。これは頌に対して二人の和尚が呼応して見解を述べているところです。
和
「 只 管 区区として外に向って尋ぬ」
これは序の第一句と同じことです。
「知らず、脚底、 已 に泥深きことを」
ここも序の第二句と同じです。
「幾たびか 廻 る 芳 草 斜 陽 の 裏 ち」
同じところをぐるぐる巡っている。ちょっとここだなと思っても結局同じことの言い替えに過ぎなかったというところではないでしょうか。
「一曲の 新 豊 空しく自吟す」
新豊というお酒の名産地があるそうですが、そこの歌が有名だったのでしょうか。そういう歌をふと口ずさむということだと思います。さあやるぞと勢い込んではみたものの、全く歯が立たない。情けなさも手伝い、思わず小さいころに口ずさんだ歌が口をついてしまうというところでしょうか。
又
「 本 蹤 跡 無し 誰か尋ねん」
いろいろと解釈できるところだと思いますが、素直にもともと人の通った足跡なんかないんだと解釈すれば自分の前に道はなく自分の後に道が出来るということになります。道というのは山に登るためにあるわけですからいくつもあって良いようなものですが、それでも無いといっているのです。それは結局その人の道であって人人個性が違うように道も違わなければならないのです。大半は同じでも最後のところで違ってくるのです。初めから違うこともあるでしょう。それを禅では冷暖自知と言いますが、どうしても自分で自分の道を切り開いていかねばならないのです。気づいてみたら自分の後ろに自分の足跡を見たというところです。
「誤って 煙 蘿 の深き処の深きに入る」
人の通った道ばかりいっていると、泥沼に落ち込むぞと言っています。
「手に 鼻 頭 を 把 って同じく帰る客」
もともと自分がしっかり牛の鼻を手に握っている。ところが目がそこに行かないで他人の通ったみちを一生懸命行こうとする。だから「ああ、ここにもいないな」といって。また違う道を探しに帰る人ばかりだと言っています。
「水辺林下自ずから沈吟す」
水辺の水面に風の姿が自ずと映し出される、林の下草も風にそよそよと吹かれ、そこに風の姿を自ずと映し出している。目には見えないがそこにハッキリとあるじゃないか。己の顔でそれをハッキリと感じ取ってくれよというところだと思います。
尋牛一では、修行の苦しいところ、逆に言えば肝心要のところをズバリと示しております。
ここを透過していくのは決して楽ではありません。やってはくじけ、くじけてはやるという鈍な気持ちをもっていただきたいと思います。
坐禅してよしやるぞって気持ちになってください。それはそうなるぞと気負わなくても、入息出息に集中していると脊梁骨がおのずと立ってくる。そして意識もしなくてもさあやるぞという気持ちになります。
この道に入ってまともに修行すれば、必ず開けます。
「禅宗四部録 十牛図提唱」(二〇一九年五月十八日 提唱を抄録)
依経解義閲教知蹤明衆器為一金躰萬物為自己正邪不辨真偽奚分未入斯門権為見跡
経に依って義を解し 教を閲して蹤(あと)を知り
衆器を明らめて一金と為し 萬物を躰として自己と為す
正邪を辨ぜずんば 真偽なんぞ分たん
未だ斯(こ)の門に入らざれば 権(か)りに見跡と為す
意訳
お経や本を漁(あさ)るようにして読み
仏法の要諦を知るものの
一向に納得することはない
それでもどこか心惹かれ今日もその道を行く
(提唱)
自分の悩み、疑問を晴らしたいと誰もが思うわけですが、いざそこにぶつかると、どうしたら良いかわからない。
それでスマホで友達に尋ねる。ネットにある意見にとりついてしまうこともある。
情報の量は過去に比べて激増しましたが内容はほとんど変わりない。
そして自分の問題を本質的に解決してくれるものも昔から変わらない。
変わったのは圧倒的な情報量とその見栄えの中に埋もれてしまっていることです。
それは、自分をなんとかしてくれるものにたどり着くのが困難になっていることを意味します。
たどりつく為には正しいものと、そうでないものとを見極める目が必要です。
それは自分の目であれば最も良いのですが、自分の信頼できる人の目であっても良いのです。
この目を持つことが見跡です。
「跡」というのはお釈迦様の足跡です。つまり仏教そのもののことです。あるいはお釈迦様の教えを継いで来られた祖師方の足跡とも言えると思います。いずれにしても教えそのものです。
自分の悩み、疑問を解決してくれるのはこれかもしれない、これだなと確信することが目を持つということです。その目を持つから大量の情報の中からお釈迦様の教えを見分けることができるのです。
だから見跡というのは、仏教とはこういうことかと知ることではなく、これで行けばなんとかなるなという直観です。
これは、まだ問題が解決していない段階で起きることです。解決してから確信するのは当たり前ですがその前に確信してしまう。
仏法は逃げも隠れもしない。常に我々の目の前にオープンです。ですから常に私たちにその縁をもたらしています。
しかし、求めなければ決してその縁を自分に引き寄せることはできません。
十牛図全体の図を見てください。この図は十番目から始まって一番目へ行くと見ることはできませんか。
第十図の左に布袋さんがいて、右に疲れ果てた求道者がいます。「どうしたらいいのでしょうか?」と聞いています。そうしたら、布袋さんが「こうしてみたら」と言ってくれたわけです。そして第一図の尋牛で意気揚々として道を求めて行くのです。着ている服だって布袋さんが、袋から出して着せてくれたのかもしれません。
希望に胸ふくらみ颯爽としています。
一般的に、修行の過程は「聞(もん)思(し)修(しゅう)」と言われています。
聞いてよく考えて納得して、そして修行する。
見跡というのはその聞く、納得するというところにあたりますが、先ほど申し上げましたように、この段階の納得は自分の心の直観であって「これでなんとかなるかもしれない」という予感のようなものです。そして修行しながらこの直観を育てていくのです。
「経に依りて義を解し 教を閲(けみ)して」
昔は御経しか無かったのです。ですから御経を見てその教えを閲覧、ちょっと垣間見てと書かれております。
今は禅の解説本もたくさんあります。インターネットにもたくさんの仏教解説があります。
それらを読んで概説を得る。しかし御経を読んでも解説を読んでも、心から納得するのは難しいのではないでしょうか。
「衆器を明らめて一金と為し 萬物を躰として自己と為す」
お釈迦様は、悟られた時に「なんと不思議なことか、一切の衆生は悉く如来の智慧徳相を持っていた」と、そして「一切の衆生は我が子である」と仰せられました。
これが「衆器を明らめて一金と為す」と「萬物を躰として自己と為す」ということです。
そしてこれが仏法の根幹です。
「どんなに悩んでいても問題を抱えていても、その人の本質は佛さまと同じものなんだ」ということ、そして「自分と他人の区別がなくなる」ということです。この二つを自覚することによって悩みや問題を本質的に解決するのが仏法です。
ところがすぐには信じられない。そもそもなんで、そういうことになるのか見当もつかない。だから、仏教を毛嫌いすることに繋がるかもしれません。
しかし、大体、常識の範囲にあることは、どんなに魅力的に見えてもあまり役に立たないようです。
なぜならば、それらは常識の範囲内に留まるので、自分を本質的にひっくり返してくれるエネルギーに乏しいからです。
「正邪を辨ぜずんば 真偽なんぞ分たん」
読んではみたものの、内容も理解できなければ、信じることもできない。でも、なぜか棄てることもできない。それは正しいのか正しくないのかをまだ自分で判断できない段階だからです。
誰もが皆この段階を通過するのです。
この悶々としている間に心は正邪を見極める力を養生しております。それが表面に現れてこないだけです。
自分と佛様が同じだとか、他人と自分は一つだというのは常識と全く正反対なのですから、それを血肉にしていくにはそれ相当の時間が必要です。
先ほど、予感のようなものが修行へ入るきっかけであるという意味のことを申し上げました。
しかし、この予感だけでは修行の推進力としては足りません。
本当の推進力にするには、禅であれば祖師の語録、公案というものの内容が自分なりに咀嚼できることが必要です。「そうか、こういうことを言っているのか」という確信です。
予感から確信に変わることです。この信が確立された時に初めて自分の推進力になるのです。
それでは、どうしたらこの確信を得ることができるのでしょうか。禅宗では、具体的に坐禅して、公案拈提、入室参禅、そして作務などの実修によってこれを体得していくのです。
「未だ斯(こ)の門に入らざれども 権(か)りに見跡と為す」
「まだ修行が本格的に始まっていないのだから、跡を見ただけだ」とも解釈できますが、「まだ自分で判断できる段階には至っていないけれども、自分を導いてくれそうだとの予感は持っている」「仏道の門をまだくぐり抜けてはいないが、門の前までは来ているぞ」と修行者を励ましているのだと思います。
以上の事を頌で述べております。
「水辺林下跡偏に多し」
先ほど、御経や教えに仏法の真髄が語られていると申しましたが、さらに拡張して水辺林下、日常のありとあらゆるところに、あらゆる時にお釈迦様の言われたこと、祖師方の言われたことが満ち々ていると言われております。
仏法の縁はどこにも、いつでも開いているのです。
「芳草離披見るや也た麽(いな)や」
芳(かぐわ)しい草花が生い茂っているのだが、それを見ることができるかな?見てくれよ。と言われるのです。芳草とはこの段階では自分を導いてくれる教えと取って良いと思います。
「縦い是れ深山の更に深い處なるも」
この教えは、いまだ見えない人には深山の奥深いところにあるように思えてしまうのです。
ところが、見える人には足元にあるとしか思えない。不思議なことですね。
しかし、これは達人だけが見えるものでは決してありません。誰もが見えるのです。真剣に見ようとすれば。
「遼天の鼻孔、怎か他を蔵さん」
天を衝くような牛の鼻はこの深い山でも隠すことは出来ないと言っておられます。
坐禅そのものとなっている時にこの鼻孔なるものが表れている。
それは隠しようがありません。自分で気づくかないだけです。ハッキリ表れているのです。
求めているところが自分の中から出て来るということは何と力強いことではないでしょうか。
以下、和、和歌で更に解説しておりますが、いくつかのことが輻輳しておりますので還って分かりづらくなると思いますので割愛いたします。
(2019年5月18日 提唱を抄録)
見牛序三
従声得入 見処逢源 六根門著著無差
動用中頭頭顕露 水中塩味 色裏膠青
眨上眉毛非是他物
声より得入すれば 見処源に逢う
六根門著著 差 うことなし
動用 の中 頭頭顕露 す
水中の塩味、色裏の 膠青
眉毛を 眨上 すればこれ他物にあらず
意訳
谷川のせせらぎ、鳥のさえずり、山寺の鐘の音、
なにやらみんな懐かしい
見るもの聞くもの日々の暮らし、なにやらみんな嬉しい
海の塩だって、絵の具の膠だって、ほら、
そこにみんな、輝いている
見牛序三
「 声に従い得入すれば見る 処 に源に逢う 」
音を聞くことに意識を集中して、そこに美しさ、輝き、懐かしさ、心地よさを感じる時、それをもたらすものは何なのかと問い詰めることです。音にその要因があるのか、聞く本人にその要因があるのか、それとも、その双方に要因があるのか、と問い詰めていくのです。そしてその源をハッキリとつかむということです。
これを、直観的に表しているものがありますので紹介します。
岡潔先生が仰っているのですが、寺田寅彦先生が当時の松山高校に在学だった時、夏目漱石先生が教壇に立っておられた。その時に漱石の家に行って質問をしたのです。
「俳句とはどんなものなのでしょうか」
すると、漱石先生は、
「しぐるるや黒木つむ 家 の窓明り」(凡兆)のようなものであると答えたのです。
しぐれの音無き雨音が聞こえるようではありませんか。そして雨にしっとり濡れて黒くなった薪に窓明かりと、なんともいえない懐かしさが感じられませんか。
源に逢うということはこういうことではないでしょうか。そこに、水、木、光という物理ではなく趣を感じる。
本源は宇宙を貫く。ですから自分も含めて全てのものを貫いています。ですから、本源そのものに出くわすと懐かしさが呼び起こされ、思わず俳句として読んでしまうのだと思います。
ひねり出そうと思ったら、こういう句にはならないと思います。
俳句のお好きな方は、スーッとこういうものが心に入ってくるのでしょう。そして、そのままが日常となるのだと思います。自覚はなくても、はっきり本源を見ているのだと思います。
「 六根門 著 著 として 差 うこと無し 」
ですから眼耳鼻舌身意とどこからでも良い。その六根の感じるところに趣を感じ、その趣が何なのかを突き詰めていけば、本源に逢うことができます、ということです。
鉄舟会で行う、書、法定、茶道、すべてそうです。
例えば書ですが、そこに本源が表れているかどうか、見てとれるかが大事です。本源とは坐禅三昧になっているそこのところです。作家の名前に惹かれてはいけません。それはもう、眼から離れて、自分の解釈の世界に入ってしまうのです。同じ作家のものでも優劣は存在します。鉄舟会の先達、山田研斎先生がおっしゃられた「鑑賞眼」です。これを養成しないと、六根門ではなく自分解釈になってしまいます。
公案なども、鑑賞眼が備わってくると、自然と見えてくるのですが、どうしても、自分の思いが先行して解釈するので、いつまでも同じことをいうようになってしまうのです。
「 動 用 の中も頭頭として顕露す」
この「鑑賞眼」がここでいうところの見牛なのです。
「鑑賞眼」が備われば、動用、つまり日常のところに、その本源を見出し、いままでの表面的な見方が一変し、そこになんともいえない味わいも感じることになると思います。もちろん、本物と偽物の区別は容易につきます。
水中の塩味(えんみ)色裏(しきり)の膠青(こうせい)
眉毛を眨上(さつじょう)すればこれ他物にあらず
ですから、海水中の塩だとか、絵の具のなかの膠といったような、一見まぎれて見えないものが見えるといいます。全体の本質を掴んでいるので、個別のところが一層ハッキリとしてくるということです。
頌に曰く
「黄鸎枝上に一声声 日暖かに 風 和 にして 岸 柳 青し
只だ此れ更に廻避する処無し 森森たる 頭 角 画 けども成り難し」
鶯が枝にとまって一声「ホーホケキョ」と鳴いている。空気がピンとはりつめて、自ずと清々しさがあります。温かい日差しに風が和やかに吹いて池の岸の柳が驚くほど青々としている。
これは、先ほどの凡兆の俳句と通じるところがあります。中国には池が多いですね。そこには大体柳が植えてある。乾燥している関係か、柳が風に吹かれてそよそよと揺れている様は日本の柳とは異なります。同じことを読んでも、日本と中国ではこれだけ違います。しかし、それは表面のところだけです。そしてその違いがまた、実に面白いところだと思います。
頌では、「このようにどこにもかしこにも、その源が表れているのに、残念だが、これを描くことはできない」とダメ押しをしております。
さてこの見牛は十牛図の三番目に出て来るのですが、十牛図を修行の階梯、順番と取ると間違いなのです。
この三番目は無字を見たところです。十牛図のそれ以降はその無字をどれだけ広げるかのところです。従いまして、この見牛がなければ、あるいは、あいまいであればそれ以降の修行の推進力は弱いものとなるのです。
以降 割愛
「禅宗四部録 十牛図提唱」(二〇一九年六月十五日 提唱を抄録)
得牛序四
久埋郊外 今日逢渠 由境勝以難追
恋芳叢而不已 頑心尚勇野性猶存
欲得純和必加鞭撻
久しく郊外に埋もれて
今日 渠 に逢う
境すぐれたるに由って以って追い難し
芳 叢 を恋いて而も 已 まず 頑心なお勇み野性なお存す
純和を得んと欲せば必ず鞭撻を加えよ
意訳
喧騒を離れて道場に身を寄せ、何年か
本日、やっと本来の面目に出会えた
でも俺が々々は、簡単に消えそうもない
さあ、ここが正念場、鞭を当てもうひとふんばり
得牛序四
「 久しく郊外に埋もれて 今日 渠 に逢う」
渠 というのは、本来の面目ですから出家だろうが在家だろうが関係ありません。萬有の根源です。
「今日 渠 に逢う」というのはその本来の面目をハッキリ自覚したということです。しかし、「久しく郊外に埋もれて」の取り方は出家と在家では異なるかと思います。出家は文字通り郊外にある僧堂で修行します。世俗と断ち切れるようにシステムが出来ていますから「郊外に埋もれる」と云うことが文字通り可能なのです。
生活するための原資はご供養、托鉢、畑仕事を中心にして得ることが普通です。ですから、在るものだけで生活するのを基本とします。しかし、寝るところと、最低限の食べるものは与えられるのです。それは、檀家さんをはじめ、ご支援してくださる方々に守られて修行生活ができるからです。
これは大変めぐまれた環境だということが言えます。
毎日が、そして全ての時間が自ずと「自分の中に向かっていく」システムになっていますから、本来の面目へと向かっていきやすい環境なのです。これが僧堂の最大の目的だと思います。
一方、在家の場合、この「郊外に埋もれる」ということはどういうことなのでしょうか。残念ながらこのことを真剣に突き詰めないで修行される方が多いと思います。
僧堂の場合で申し上げましたように「郊外に埋もれる」とは「自分の中に向かっていく 」ということです。ですからロケーションは基本的には問題になりません。普通、日常生活では「自分の外に向かって」いますので、その対比として「自分の中に向かう」を郊外と称しているわけです。
「自分の中に向かっていく」というのは自分とは何か、それは今生きて、考え、行動している自分ではなく、それを突き動かしているもの、自分の根源を追求していくことです。これが禅です。
従いまして、これが毎日、全ての時間でできれば僧堂と何のかわりもありません。そして、これは可能であり、在家修行者が日常の喧騒と並行して成し遂げなければならないことなのです。もちろんフルタイムで可能ではありません。重点を郊外に置くか、都会の喧騒に置くかなのです。
この点につきまして在家修行者の陥り易いところがいくつかありますので思いつくまま書き記します。
一つは、 坐禅の意味が曖昧 だということです。
修行中は無字 拈 提 の坐禅が最も大事です。ここで、坐禅の意味を 掴 まないと、仮に公案が先に進んでも禅を会することに不安が残ります。
六祖 慧 能 大師の提唱した 定 慧 一 等 、これが禅の命です。この定は坐禅だけとは限りません。しかし、ここでは坐禅と限定しましょう。この坐禅と 般 若 の 智 慧 とが同じであるというのが六祖のおっしゃるところです。ですから、坐禅して智慧が開かれなければ坐禅ではないということです。始めの無字でここまで到達しないと「自分の中に向かっていく」ことにはなりません。それは、根源からの智慧、それが般若の智慧ですが、それが日常において働いてこそ、 定 慧 一 等 の意味がもたらされるからです。
般若の智慧とはなんでしょうか?それは開発された時、自分でこれだ、とわかります。ですから大事なことは、その智慧を開発するために坐禅するのだと確固として方向を定めることです。
智慧の開発と同時か、前後かはその人によって異なりますが、自分の根源とはなにか、ということも自ずとわかります。
ところが、坐禅を数息観に集中するとか、公案を拈提するための時間であるように思い、やっていればそれなりの境地になるだろうと思っている人が多いのです。
また、まだ長時間坐れないから、もう少し慣れなければ、拈提もできないだろうとか、誰それも四年、七年かかったのだから、俺なんかまだまだ時間が掛かるだろうとか、自分を甘やかし、坐禅の方向どころの話ではないと言う人が多いのです。
決してあせってはいけないのですが、五十代で修行を始めて二十年たったら、もう活躍する時間はないのです。それが本望ですか?
惰性に陥ることなく、人との比較もなく、確固たる方向の基にひたすら坐禅に集中することです。これを 心 決 定 と申します。静かに自分の来し方行く末を想い自分の人生において禅をどう位置づけるか、考えておくことが必要です。
二つは、 「動中の工夫は静中の工夫の何万倍」の解釈 です。
坐禅の工夫よりも日常生活の工夫の方が力をつけると解釈して坐禅をないがしろにすることです。仕事を一生懸命すればそれが修行であるという単純な考えかたです。毎日、坐禅するのが億劫だから、この言葉のもとに、坐禅しないことをごまかすのです。
「動中の工夫は静中の工夫の何万倍」とは静中の工夫に一通りの区切りがついたらば、動中の修行へ向かえということです。つまり、悟後の修行の大事を言っているのです。悟後の修行からが本当の修行だと言っているのです。
そこを自分の都合の良いように解釈して、室内の区切りのつく前に、仕事を一生懸命すれば動中の工夫だから、坐禅以上であると言い訳して、結果修行が低調となるのです。
日常がそのまま道場となるのは、もっともっと後のことです。修行中は、朝、夜と毎日、寸暇を惜しんで坐らなければならないのです。
三つは、 「成り切る」 ということです。
禅宗では「成りきれ」と言います。何事にも「成り切れば」根源そのものなのですが、口先だけで「成りきる」と言って無駄な力を使い実際は力の抜けていることがよく見受けられます。
鉄舟会では書道の稽古をいたしますが、もちろんそれは全身全霊で書を書くことに「成りきって」いくことです。ところが、見ていますと、やたら力んで腹に力をいれてみたり、筆を強く握ったり、運筆をやたら遅くして紙に食い込むようにして書を書いたりしているのを見かけます。しかし、出来上がったものは気力の不足した書になることが多いのです。書の場合「成り切る」とは筆、紙、墨、自分、文字そのものが一体となって気が通っていることです。
筆は手のひらに卵が入る柔らかさ、運筆は流れず、滞らず、筆が自然に動く速度です。自分の気が上がれば上がるほど、墨、筆、紙、文字と離れてしまい上滑りになります。
これも先ほどの「動中静中の工夫」と同じように「成り切る」ことの意味がぼけていることから起こります。「成り切る」ということに「自分の根源とは何か」という強い疑問の裏付けがないと上滑りします。
修行中は「成り切る」ということと坐禅とは全く同じです。そこに「動中静中」の区分けはありません。坐禅三昧になっている時、「成りきり」三昧になっている時、そこに何があるんだということです。それは自分の根源を掴むための入り口です。その根源を掴むために「成りきる」のです。
「成りきる」ことと、無字の拈提が全く別のことになってしまうのでその方向を間違えてしまうのです。
四つは、 集中力 です。全身全霊の統一です。
例えば、例会で坐った後、作務衣に着替えるのに道場の二階に上がりますが。着替えているとき、ふっと気が抜ける、雑談に近い言葉が思わず出てしまい、間が締まっていないのです。
集中力が必要なのは「自分の中に向かっていく」そのもののためです。一瞬一瞬に「自分の中に向かっていく」。その一瞬に全身全霊が統一されなくて、どうして三十分、四十分の坐禅三昧ができるのでしょうか。
僧堂では、この間を絞めるために、所作へ移る時間を極端に短くします。雲水が常に走っているのはこの為です。そうやって間を絞めて、集中力を切らさないようになっているのです。
在家修行では務めて間を絞めることに留意しなければなりません。鉄舟会の接心ではこのことも含めてスケジュール化しておりますので、参加すると間を絞めるということが分かると思います。昨今のスマホを眺めながらの所作ではとてもとても集中力は培えません。
最後に接心参加についてですが、これは部分参加などではなく始めから終わりまで参加しなければだめです。部分参加には自分の都合が巧みに隠れているからです。あらかじめスケジュールが決まっているのですから、万難を排して全身全霊で取り組む気構えを持ってください。
以降割愛
「禅宗四部録 十牛図提唱」(二〇一九年六月十五日 提唱を抄録)
牧牛序五
前思纔(わずか)に起これば、後念相随う。
覚に由るが故に以って真となる。迷に在るが故に而も妄と為す。
唯だ由境の有るのみにあらず。唯だ自心より生ず。
鼻索牢く牽いて擬議を容れず。
意訳
やっと本来の面目に出会えたとはいえ
ちょっとでも起これば、次から次へと涌き上がる念
妄想に終わるか清浄となるか
それは己の心次第
ぐっとたずなを絞めて気を許すまい
牧牛序五
前回の得牛で牛(本来の面目)を掴まえたのですが、どうもその牛が暴れる。どうしたものか、というのがここの牧牛です。
ここで念というのは、いわゆる自我意識と考えても良いと思います。少なくともこの段階ではそうでしょう。自我意識というのは自己中心ということと結びつき、否定的な意味にもなります。
この自我意識を断っても断っても断ち切れないので問題となるのですが、ここではそれを断てとは言っていないのです。己の心の持ち方次第であると言うのです。
自我というのは、本質的にどこから生じて来るかというと、我々の持つ「生きる」という強烈な本能からだと思います。この本能なくして人類の存在はありえないのです。また今語っているように禅もありえないのです。ですから、ある意味ずべての活動の源と云えるわけです。その意味でこの自我意識は先ほどのように否定的でもなければ、また肯定的でもないのです。
ところが、今申しましたように、人間活動の源泉ですから、大変強烈です。ですからこの本能が本能そのままであれば、強い欲望、強烈な感覚などというところに留まるのです。そして、それはエスカレートして留まるところを知りません。
それが今日、経済的刺激、情報の刺激を求めることに繋がっていると思います。そしてますます、個人主義的になっていき、念がどんどん個人化していくのだと思います。
一方で我々は一人では暮らしていけません。これは自明なことです。共生しなければ生きていけないというのはある意味、個人の自我意識でもあるのです。そして個人と共生という狭間で葛藤するのが日常の生活ではないでしょうか。
個人化していく欲望を、道徳的、倫理的なカバーで被い、政治などにより解決しようとするアプローチもありますが、それは、一方で個人的な欲望がなければ存在しないことですから、これでは永遠に解決しないのです。
しかし、そういうことも含めて、ここでは、心の持ち方次第だと言っているのです。気の持ちようだとよく言いますが、これはどことなく竹槍的なところを感じてしまいます。ここでいうところの心の持ち方というのはそういうことだけではありません。良いも悪いも含めて全ての念の発せられる源ということを仏法では空と言っております。般若心経でいうところの色即是空 空即是色の「空」です。空とはすべてのものの本源です。それを「心」とここでは言っているのです。
通常に心(こころ)と言っているのは、ここでいう念のことです。
さきほどの心の持ち方次第だというのは、自分の中にある心、すなわち念で判断するのか、この本源なる心、空によってて判断するのかということなのです。
念がこの本源に裏打ちされた時に、もっと正確にいうとこの念が本源そのものの念となった時に、良い悪いと思っていたことが全て肯定される。別の言葉でいえば真となるのです。そのとき、世界の様子が一八〇度変わってしまいます。同時に、他の人の言動を見聞きして、ああ、俺もそうだったと急に接近して来るのです。
これが真の意味の共生だと思います。政治などを通じて自我意識の制御を試みることも緊急時には必要ですが、これではどうしても対立は残ります。そうではなく、本源にまでさかのぼって、その本源の持つ力を体験し、その体験から世界を見てはじめて対立がなくなるのです。このとき、自分も、他人も安心できるのです。
十牛図のこの段の「唯自心より生ず」というのは、このことです。繰り返しになりますが、この自心というのが単純に本能だけに基づくのか、その本能を導き出す、本源、つまり本来の面目に基づいた自心なのかで念というものも真か、妄想かに分かれると言っているのです。
このことは、生きる根拠に繋がります。自意識の範囲に留まれば、この十牛図にありますように境、つまり外部の要因により心は左右に振られる、有る時は天に、ある時は地獄に、となっていくのです。このため、なんのために生きているのだろうと、生きる根拠が曖昧になるのです。
ところが、その生そのものの根源をつかまえ、その力を知ることができれば、そのことが生きている証拠となって生きる根拠となります。同時に自分を含めた世界というものを第三者的に見ることになりますので、当処に全力で向かうことができるようになるのです。
白隠禅師の坐禅和讃にある「当処すなわち蓮華国」というのはこのことです。これに気づかず、今ある心が全てであるとなると、すべて自己中心のエゴイズムで動くことになるのです。
本文に戻りますと、この牧牛は得牛の次ですから、すでに本来の面目、本源を掴まえているわけです。その起こる念も本来はその本源から起こるのですから自己中心的にはなっていないはずです。牛が暴れていないということです。それにも関わらず、牛を飼いならすということはどういうことなのでしょうか。
これはもちろん、本能はそれほど強いものである、ということと関係するのですが。念を自己中心的にしてしまう何者かが常にあるからそうなっていると考えることができます。それは我々が日常使う言葉にあるといってよいと思います。
常日頃、話す時はもちろん、考える時にも言語を使っている。この言語は具体的なことも、抽象的なことも取り扱え、どこにでも運べるという利便性はあるのですが、反面どうしても頭で取り扱うということになってしまい、体で経験するということから遊離してしまう。
物事が降りかかってきたとき、当然それを頭で受け止めて理解し、対処を考えるのですが、これを頭だけで考えると、とたんに妄想が大きくなっていきます。そして現実離れしたことも、実しやかに考え始める。
ところが、同じ問題を持った者同士が話あうと言葉はいらない。なんだ、自分だけではないのだと、それだけで心が軽くなる。経験した者同士はほんの一言で共感できる。共生できる。ここが頭で考え自己中心になるのと異なるところなのです。
言葉で考えるのは抽象的ですから、頭が膨張して自己中心的になりやすい。
だから鼻に縄つけて、ぐっとおさえつけ、自己中心的な思考になっていくことを警戒しろといっているのです。 了
「禅宗四部録 十牛図提唱」(二〇一九年七月二十日 提唱を抄録)
騎牛帰家 序六
干(かん)戈(か)已(すで)に罷(や)んで得失環(ま)た空ず
樵(しよ)子(うし)の村歌を唱え児童の野曲を吹く
身を牛上に横たえ目に雲(うん)霄(しよう)を視る
呼喚すれども回えらず撈(ろう)籠(ろう)すれども住(とど)まらず
意訳
もう修行を始めて何年になろうか。
気が付いてみたら、聞こえるのは村人の樵歌、子供の明るい
歌声ばかりであった。
あれだけ追い求めていたものが、こんな身近にあるとは。
しかし、こんなところで一息つくわけにはいかんぞ。さあ、
もうひといき。
騎牛帰家序六
「牛に乗って家に帰る」ということから修行が一段落したイメージがあるかもしれませんが、そういうことではありません。
坐禅であれば、毎日に行うのになんの抵抗もない、というようなことです。朝、昼、夜と食事をいただくのと同じ感覚です。
当然、坐禅する意味と効果についても十分認識しています。
「坐禅しなければ」という思いで坐禅している間は苦痛なのです。その苦痛を和らげる一つが道友です。先輩方も皆、同じ経験をして十年、二十年と修行を続けているのです。そういう方の一言が苦しいときの一服の清涼剤になります。
その意味で道場に来ることは大切なことです。オンラインでも一部そういうことはできますが道場で直接には敵いまぜん。
そのようにして坐禅ならば、それが身についてきたことを示しています。
そして帰家というのは、本分のところに居るということですが、一人で家でも道場と同じように坐禅していると、とっても良いでしょう。
禅では公案修行を杖に例えます。杖がないと、若者であっても体力の乏しい間は山道を登るのが苦痛だと思います。
しかし、何度も山道を登ることで体力がつけば、やがて杖はいらなくなります。
そうなると、山道を登っても、余裕ができて周りの景色も十分楽しめるようになるでしょうし、他の人の面倒をみることもできるようになります。禅の修行も同じで、公案が十分自分のものになれば、もう公案という杖はいりません。
しかし、騎牛帰家というのは牛がいますから。牛という杖をまだ必要としているのです。ですからまだ先があるのです。自分を鼓舞し一層楼を登っていく必要があります。
僧堂でもそうですが、ベテランになりますと修行生活に慣れて何事も苦にならなくなります。しかし、それは僧堂という守られた環境の中にいるからです。一度、外に出れば、そうはいきません。修行が進んだと安心してはおられぬところです。
それが、「呼喚すれども回えらず撈籠すれども住まらず」とあるところです。まだ、先があるぞと心を引き締めているところです。
私の修行しました神戸祥福僧堂の大書院には、その玄関にこの騎牛帰家の衝立が置かれています。
雲水が僧堂を去って自坊に戻るとき、この牛に乗って家に帰るように、自坊でも修行を続けてくれよ、という思いが込められているのです。
同時に、開山忌などで祥福僧堂に戻ることがあれば、やはりここが家である、という意味も含んでいると思います。
肉体的にも精神的にもギリギリのところで過ごした何年かが、今では嘘のようである。苦しい思いも今ではすっかり楽しい思い出に変わっている。気が付けば、あれほど怒られたことが全て役に立っている。そしてよくぞ、あれだけ叱ってくださったという感謝ばかりである。
しかし、そんな思いにいつまでも耽てはおられん、修行の場を移してさらに一磨き、二磨きをというようなところではないでしょうか。(了)
「禅宗四部録 十牛図提唱」(2019年9月7日 提唱を抄録)
忘牛存人 序七
法に二法なく、牛を且(しばら)く宗となす
蹄(てい)兎(と)の異名を諭し、筌(せん)魚(ぎよ)の差別を顕わす
金の鉱を出ずるが如く月の雲を離るるに似たり
一道の寒光、威音劫外
意訳
法に東西があるわけもなく
ましてやこの身と分かれるわけもなし
しばらく錫杖に頼ったまで
気づけば己が燈明、始まりもなく終わりもなく三世を貫く
忘牛存人序七
「忘牛存人」とあります。「牛を忘れ、人のみ在り」ということですが、これは「教えの手助けを借りずに、自分の足で歩むことができる。そういう人として自分が今ここに存在しますということです。
毎月一度、「坐禅と法話会」を行っておりますが、ここにはいろいろな方が来られます。若い方、年配の方、男の人、女の人、毎回様子が異なります。続けて来られる方もいますし、単発の方もおられます。さらに坐禅が全く初めてという方も、ベテランの方もおります。来られる動機もまちまちです。
法話を行った後に質問をお受けしますが、これも様々で毎回苦心してお答えしております。残念ながら一つとして得心したことはございません。特に、その質問の中で一番困窮しますのは、禅の本質をつく質問の時です。例えば、「大森老師の参禅入門を読みますと、無念、無相とありますが、それと「無」とはどう違うのでしょうか」。という質問です。
私の言葉で回答をするようにしておりますが、「どうですか,、わかりますか」と聞きますと、消化不良のような顔で「もう少しやってみます」と答えられる方がおられます。あるいはハッキリと「よくわかりません」とお答えになる方もおられます。
このような反応をされる方はまじめに参究している方です。大体、禅の本もよく勉強されている方です。そこに書かれているものを納得するために来られるのだと思います。それを思いますと、無礙に「本でわかるくらいなら道場は必要ない」などと申すのは憚るのです。
しかし、最近は「禅を外から見るのではなく、中に飛び込んで実参実究してください」と申すようにしております。
実参実究というのは道場に通って、坐禅はもちろん、公案に取り組むことを意味します。
禅の本に書かれている真実、真理を理解しようと努めるわけですが、そこに書かれていることは著者の体験に基づくものです。ですから読者も同じ体験を持たなければ共感、理解、納得できるはずがないのです。頭で分かる、というのと共感、納得するというのは次元が違います。ましてや、先ほどの質問の無念とか無相、さらに無というのは観念的なことですから、頭で考えて言葉に出せば百人いれば百の表現があります。同じ表現をしても、実際は随分違うのではないでしょうか。ということは言葉の後ろに夫々の具体的な経験が隠れているということだと思います。つまり、具体的な経験に裏打ちされた言葉ということです。ですから、実参実究して追体験をしなければその言葉を理解あるいは共感、納得することはできないのです。逆にいえば、実参実究すれば分かるということになります。ここでいう実参実究というのは坐禅、公案に限りません。日常すべてのことに関してです。
禅の本に書いてあることが理解、納得できないことを十牛図の言葉を借りれば「法に二法あり」となります。つまり、禅の本に書いてある法と自分で理解した法のイメージの二つが存在するということです。
先ほども申しましたように、本に書いてあることに共感でき、自分もそうだと思う、自分の体験からこれはその通りだ、と言えることができれば書かれていることと、自分とは一つになっているわけで、二つの法はないわけです。ここを十牛図では「法に二法なし」と表現しているのです。それは、法に洋の東西なく、無限の過去から無限の未来までを貫くものと得心し、当然自分をも貫いていると得心することす。ここに法を得心した「人」が存在することになります。臨済禅師のおっしゃる「真人」を実感する「人」です。この実感体験があれば、自分の足で立つことができます。牛に乗らなくても道を歩むことができるのです。ですから「忘牛存人」とここで言うのです。
「禅は実参実究」である、と言われます。禅の本には必ず書かれているのですが、そこに飛び込むことなく、相変わらず本の内容を理解しようとする方が多いのは残念です。
実際に飛び込むことなく、周囲を回っているのは、自分の問題意識がそれほど高くないことを意味します。本当に切羽詰まってしまえば、藁をもすがる思いでやらざるを得ないからです。
牛に乗らないと道が歩めないのでは牛まかせ。自分の足で自分の意志で堂々と歩もうと思えば、足腰を鍛えることがどうしても必要です。それが実参実究です。
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