摩訶 般若 波羅蜜多 心経
波 羅 蜜 多 とは、 彼 岸 にいたるという 意 な り。彼岸とは、かの岸とよめり。凡夫は迷えるゆえに生死苦界をわたる事をしらず、生死流転するを 此 岸 というなり。此岸とはこの岸とよめり。佛ぼさつは般若の智慧によって、一切の諸法はみな空にして元より生死もしらず、滅しもせずという道理をさとって、はんにゃの船にのりて生死の苦界を渡り過ぎて不生不滅の 涅 槃 の岸にいたるを彼岸とはいうなり。則ち涅槃は、生ぜず滅せずという義なり。ここに 至 を 極楽というなり。
前回までは解説という形でご説明していましたが、今回より私の意訳ともつかない拙訳をご紹介することにしました。
訳
波 羅 蜜 多 というのは 彼 岸 に至るという意味です。彼岸とは向こう岸ということです。我々凡人は生と死、死と生というように物事を分けて見る癖がついています。この癖の取れた目で見ると世界はまた違って見えるのですが、それを知らないものですから悩み苦しみ多き世界にしてしまうのです。このような世界を 此 岸 といいます。こちら岸という意味です。ところが仏様、菩薩と呼ばれる方は世の中の真実を見る力を備えておられます。これを仏教では般若の智慧と申します。
それは一切の物事の大本は空であり、もともと生と死、死と生というように分かれているものではないという道理のことです。分かれていないばかりか、死滅することもないのだという道理です。この般若の智慧を開発し迷いから脱却することを彼岸に至るといいます。そしてこれを 涅 槃 ともいいます。不生不滅の世界です。ここを極楽ともいいます。
解説
我々はどうしても世界を二つに分けて見る癖がついています。好きだ嫌いだ、良い悪いです。これは相対の世界です。相対の世界は認識できる世界です。見える世界、聞くことのできる世界です。仏法はこの相対の世界の大本をあぶり出し、不二、分離のない世界を説きます。どうして分離のない世界かというと、一切の物事の大本が空だからです。
それでは空とは何か? ということですが、般若心経はこの空を説明していません。
ですから、般若心経を読んで理解しようとしても理解しづらいのです。理解できないというと言いすぎですが、肝心な大本が分からないから、結局よく分からない。
実は説明しないのではなく、説明できないのです。説明できなくても分かっている者同士は分かるということは世の中たくさんありますね。その類です。ですから、本日のところも、「生死だが不生不滅だ」というように、見えているだけの世界を否定して何とか分かってもらおうとしているのです。
不生不滅、分離のない世界について聞いたこともない、あるいはそんなことを聞いたことはあるが、小難しくてスマホいじって繋がっているんだからいいじゃないかとなってしまうと問題だと思います。はじめからいつもの世界だけに閉じこもってしまうことですが、これは大変楽なことです。違った世界を知ろうとすればするほど努力が要ります。自分の世界にとじこもって排他的にしているほうがその時は精神的に楽です。ここを一休さんは生死苦界をわたることを知らずと申されております。
今、生死を生に対する死、死に対する生というように物事を分離することの代表として説明しました。それでは、生きる、死ぬそのものについてはどうでしょうか。
これは「自分はどこから来たのか、死んだらどこへ行くのか」という根本問題です。このどこが一切の物事の大本です。そしてそれを空と呼ぶのです。仏法における修行はこの空の体得に始まります。それはお釈迦様が覚られたことであります。この空から般若の智慧がはたらき、現実の世界で仏法が活き活きとしてきます。ですから、この空の体得を特に禅では強く求めます。
しかし、ものごとを分けてみるという我々の癖は相当に強いものです。また本能に根付いていますから相当にしつこいのです。
しかし、大本の空から見ると生と死の連続、分離のない世界というものが分かってまいります。このとき、「自分はどこから来てどこへ行くのか」の問題も自ずと解決します。
ここを一休さんは不生不滅と申されております。
一休さんは般若心経を真向から説かれております。さらに比喩も須いることもされません。ですから一見さらっと、やさしく説かれているように感じられるかもしれませんが、一字一句を吟味して使われていると感心します。その心をくみ取ることがこの説法を学ぶということだと思います。そのためには読んで頭で理解したのではなく坐禅して体に染みこませる必要があると思います。
合掌
続く
参考文献:「一休法語集註解 般若心経提唱」 青年修養会編
(国立国会図書館デジタルコレクション)
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